-東京都 三鷹市役所-
立地 | 東京都三鷹市 |
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建物形態 | RC造5階地下2階(1965年竣工) |
利用形態 | 官公庁(地方自治体市庁舎) |
リフォーム工期 | 2010年11月~2011年2月 |
窓リフォームに使用したガラス | エコガラス(真空ガラス) |
利用した補助金等 | 東京都地球温暖化対策等推進のための区市町村補助金 |
工事費用 | 約6,000万円(全額補助対象) |
東京都のほぼ中央に位置する三鷹市は人口18万人、国立天文台キャンパスをはじめいくつもの大学が立地する学術都市です。
井の頭恩賜公園や玉川上水など緑地帯も多く見られ、作家・太宰治ゆかりの地として記憶される方もあるでしょう。
省エネルギー事業に力を入れていることも、このまちの特徴のひとつです。
「1997年にCOP3(第3回気候変動枠組条約締約国会議)があり、市庁舎のエネルギ−削減は可能なのかと考えるようになった、それが取組のスタートでした」と三鷹市生活環境部環境政策課課長の岩崎好高さんは話します。
翌98年には当時まだハシリだったESCO事業*の形態を取り入れ、本庁舎の照明や空調機器の交換・省エネ化を実現。その後もコミュニティセンターや芸術文化センター、下水処理場など市内の公共施設もESCO事業を活用して省エネ化していきます。
近年、そこに新たな取組が加えられました。『スーパーエコ庁舎推進事業』と銘打たれた、本庁舎の窓を中心とする省エネ改修です。
ここでは<ほぼすべての窓ガラスのエコ改修>を中心に<太陽光発電システムの導入><中庭の芝生化>が事業の柱となりました。
「98年の省エネ事業のあと、庁内のパソコン利用が進んでひとり1台体制になり、省エネした分を全部食われてしまったんですよ」と岩崎さんは笑いますが、きっかけはそれだけではありません。
三鷹市の本庁舎は、建物の4面すべてがガラス張りです。1965年に建てられて以来のシングルガラスの窓は、冬は冷気が入って室内を冷やしつつ結露も発生させ、夏は直射日光の熱を通して室温を上げ…と、業務スペースの空調に負荷をかける大きな要因となっていました。
しかし「ガラスをなんとかしなければと思いながらも、サッシ全部を換えるのが予算的に無理だったのです」
そして今回、既存のサッシ使用を大前提とする中で浮上したのが、98年当時はまだほとんど知られていなかった、エコガラスの一種である<真空ガラス>へと、ガラスだけ交換する改修方法でした。
「実は、結露が特にひどかった庁舎内の一室で、実証実験的に真空ガラスを導入してみたんです。そうしたら結露がぴたっと止まって暖かくなった。これはいい、となったのですね」
高い断熱力があるのに薄く、既存の窓枠にはめこめる真空ガラスなら、今あるサッシをそのまま使うことができる。この実験が決定打となり、スーパーエコ庁舎化が動きだしました。
枚数は約1,000枚、面積にして約1,200㎡。おびただしい数のガラス窓を持つ本庁舎のエコ改修が始まったのは、2010年11月。工事は金曜日の夕方から日曜日の夜の間です。
「金曜日に養生をし、工事対象となる部課の職員に棚などを1メートルくらい内側に移動してもらいます。土日で工事をし、月曜の朝また職員が1時間くらい前に出勤して棚類を元に戻す、とやっていました」
日程はそれぞれの課の都合に合わせ、工事は各階ごと部分的に進められていきました。
ガラス交換のほか、最上階である5階フロアでは、自然風の力で自動開閉する「自然換気窓」もつけられました。
冷房を入れるには少し早い時期、建物の中は1階から上階に向かって暖かい空気が流れます。この時に起こる弱い風で開き、熱を逃がすのが自然換気窓の役割。ゆったりと揺れる姿が、省エネに配慮するビルでしばしば見られるようになっています。
工事の間には、予想外の困難? もありました。
「役所ってやっぱり書類が多くて、場所によってはガラスが見えなくなるほど窓面を全部つぶして棚を置いてある部課もあるんですよ。それを全部移動するのは大変でしたね」
さらに、市役所は住民の個人情報を管理する役割も担っています。
岩崎さんいわく、コンピュータ室はセキュリティがきびしく「今回の工事でも、いつ、誰がどう入って作業するかということを、作業する方の氏名も含めてしっかり確認しました。工事にはコンピュータ室の担当職員も立ち会いましたし。事前説明はかなり入念にやりましたね」
たとえ職員の机まわりで工事が行われても「通常業務を止めることはあり得ない(岩崎さん)」状況は、24時間休みなく患者さんのケアをする病院と同様に、役所の宿命といえるでしょう。
そんな中でも職員はみな「仕事の環境がよくなるんだという考えの下、とても協力的でした」
こうして、動かせない機器類がある箇所や一部の自動扉などを除く本庁舎のすべての窓が、市役所機能を滞らせることなく改修されたのです。
スーパーエコ庁舎推進事業では、建築環境・省エネルギーの専門家による協力もありました。
首都大学東京・都市環境科学研究科の須永修通教授の研究室は、ガラス窓等の断熱実験を行っていた段階から調査研究に関わってきました。
今回のエコ改修でも、工事前と工事後の温度変化の測定から職員の体感調査まで数多くの実測調査・分析・考察を行い、学会発表もしています。
公表されたいくつかのデータを見てみましょう。
工事前と工事後、いずれも寒い時期に、フロアの中央で室温を測定した結果が、右のグラフです。床から天井まで高さの違う6か所で測定した数値を、始業前の8時から2時間おきに書き出しました。
同じく工事の前後で、職員を対象とした室内温度の体感アンケートも行われました。
改修前は123人ともっとも多かった「やや寒い」が、工事後は86人に減り、逆に工事前は83人だった「暑くも寒くもない」が128人に増えています。
5階北側の業務スペースに長く机を置き、工事にも立ち会った公共施設課の髙橋健治さんは「寒さに関しては、前よりも全然きびしくないですよ。その昔は防寒服みたいなものを着ていたけど(笑)」
所属する環境政策課が以前この場所にあったという岩崎さんも「寒かったですよ。後ろから風が吹いてくるような感じで冷気が漂ってくるんです」と、窓を背に仕事をしていた頃を振り返りました。
業務スペースの北側と南側での室温差も調べました。
空調を使わない冬の休日、改修前は一日を通して北と南で約2.5℃の差がありますが、改修後の差は約0.5℃です。
エコガラスに交換されて窓の熱損失が大幅に少なくなり、さらにサッシの気密性アップも加わって、南北方向の室内温度差がほぼなくなったことを、このグラフは示しています。
北側の席ではひざかけや足温器が手放せないのに、南側の席では汗をかいている… オフィスでよく見られるこんな風景の解消にも、エコガラスは一役買っているといえそうです。
工事の途中では、窓ガラス表面の温度を見るためにサーモカメラでの撮影も行われました。
12月に撮影された画像の中で温度が低く青く見えるのが交換前のシングルガラス。右隣のオレンジ色は入れ替えられたエコガラスです。その温度差は約5℃。鮮やかなコントラストが「昔はガラス面にさわると氷みたいでしたが、今は冷たいっていう感じはないですね」という髙橋さんの言葉を裏付けるようです。
さらに、改修後の空調向けエネルギーの使用量が冬期・夏期とも改修前より減ったことが確認され、エコ改修の省エネ効果が名実共に明らかになりました。
これを受けて翌年の冬には第2庁舎の窓が同じくエコガラスに改修され、さらに2013年春竣工の三鷹市公会堂別館「さんさん館」の建設では、ほとんどの窓に真空ガラスが採用されています。
「本庁舎でエネルギ−削減に成功したので、ぜひ入れようという認識でした」ちょっと高いんだけど、と岩崎さんが笑いながら付け加えました。(後編に続く)