事例紹介/リフォーム ビル

工事期間も変わらぬ医療を 光と風の病院のエコ改修(後編)

-山口県 光風園病院-

Profile Data
立地 山口県下関市
建物形態 鉄骨造3階建
利用形態 慢性期医療・回復期リハビリテーション病院(210床)
リフォーム工期 2010年9月~2011年3月
窓リフォームに使用したガラス エコガラス(真空ガラス)
利用した補助金等 平成22年度経済産業省エネルギー需給構造改革推進投資促進税制
施工 宮崎硝子(株)



工事以前から始まっていた<オール光風園>の体制作り

新病棟の建設工事が続く光風園病院の仮玄関もすべてエコガラスに交換済。小ぶりのシンプルな姿は、外来診療部を持たず入院患者さんに対する濃密な医療に特化してきた歴史を物語るようだ
職員用食堂も、たくさんの窓から緑と海の眺めが楽しめる。<小さめの研修室の方が合理的>との考えのもと講堂を持たない光風園病院の勉強会は、日頃から多くのスタッフが集まるこの場所で行われている。大人数の集まりには同じ敷地内にある特別養護老人ホーム内の講堂を利用
改修対象となったすべての窓には、例外なく真空ガラスが採用された。トップである木下理事長本人がその性能を体感し、高い評価を与えた結果だ。病院のエコ改修と同時期に理事長は自宅の窓も同様に真空ガラスに交換。こうした「惚れ込み」もまた、プレゼンテーションに説得力を与えたことは想像に難くない
宮崎硝子・施工責任者の本倉さんによる工程表の一部。病室や食堂、廊下にも細かく番号が振られている

光風園病院では西1・2病棟、東2病棟、回復期リハビリテーション病棟と4つの建物に合計210床のベッドを配し、入院患者さんを治療・ケアしています。
特殊疾患や神経難病、重度の認知症の患者さんが多く、人工呼吸器を装着する患者さんもいて、文字通り24時間眠らない病院です。

この環境下で医療業務に支障をきたさず、半年かけて枚数2,000枚、面積にして1,500m2にもおよぶ窓ガラスを交換する…簡単な工事ではないことは想像に難くありません。
この挑戦を成功に導いたのは、トップから現場までの全病院スタッフと施工者による、徹底した情報共有と相互コミュニケーションでした。

エコ改修の計画は、実際の工事が始まるずっと前から着実に進められてきたといいます。

先陣を切ったのは木下理事長でした。
光風園病院では月に一度、200名のスタッフが一堂に会する勉強会が開催されます。所属ごとに持ち回りで独自のテーマをプレゼンテーションするこの場で、自らエコガラスについて発表を行ったのです。

同じ時期に職員食堂には宮崎硝子の宮崎社長が用意したエコガラスの体験モデル機が置かれ「食事時にさわる者もいたと思いますから、そのタイミングで理事長の話を聞けば、ガラスによって室内の暑さが違ってくることはすぐ納得できますよね」と髙田総務部長。

西2病棟科長の山田さんも、改修計画が当初から全スタッフに共有されたことを「エコガラスを導入する目的や工事について職員にきちんと理解してもらうことで、協力が得やすくなった面はあると思います」と振り返りました。

これ以後、院内の各部署で多くの話し合いが持たれていきます。

木下理事長からは看護部のトップである看護部長に協力要請がなされ、営繕担当である総務部と看護部が直接打合せをする場ができました。
病院の機能を止めずに工事する以上、医療側と工事側の相互理解と協力は必須。看護部門を統括する意思決定者と総務部とが「しっかり話ができないと、このようなやり方は無理ですね(髙田さん)」

並行して、施工者・宮崎硝子の担当者と打合せにも総務部は多くの時間を割きました。
工事の基本となる工程表は施工者が作りますが、稼働している病院を相手にするには医療現場の特殊性とそれに対する知識や気遣い・対処が当然求められます。現場をよく知る病院総務部の支援が欠かせないのです。
工程表や作業手順書を作成したのは、施工責任者となった宮崎硝子の本倉さん。「図面の工事箇所に全部番号を振って、すべての工程がわかるようにしました。それを各病棟にも総務部にも置いて、みんなで共有していきました」と振り返ります。

「私と総務部内の営繕担当者、本倉さんの3人でずいぶん話をしました。計画当初に一番時間を使いましたね」と髙田さん。
医療と建設ふたつの現場を結ぶ総務部という「第3極」の役割は、この後に続く最前線の医療現場と施工側の細かな調整において、さらに存在感を増していきます。


総務の手腕が光った。医療と建設、異なる業務のすり合わせ

曇りタイプの真空ガラスが採用された浴室。患者さんの入浴時間は工事スケジュールを決める上での重要な要素のひとつとなった。プライバシーを重視し、脱衣スペースから完全個室化されている
広々として明るいリハビリ室の窓も、すべて改修の対象となった
図面を見ながら手振りも交え、当時の状況を話す山田病棟科長。西2病棟スタッフからの要望や患者さんの情報はすべて彼女のもとに集まり、施工側に伝えられた。スケジュールの調整から当日の段取りまでを総合的に把握し最終判断を行う病棟科長は、安全管理も含めて工事の進行を左右するキーパーソンだ

作業工程表とともに計画のカナメとなったのがスケジューリングです。病棟での一日単位や一週間単位の業務の流れ、スタッフの配置人数、患者さんそれぞれの状態など、工事全般の流れ以外の要素が数多く盛り込まれて初めて成立するものだからです。
作成の中心となったのは、やはり総務部でした。

髙田部長いわく「何曜日の午前中は入浴、何曜日は患者さんが移動してこの病室は空く、といった大まかな流れを私たちはつかんでいます。その上でまずスケジュールの原案を作り<この日ならどう?>と現場に具体的に聞いてみるんです。すると<このあたりなら大丈夫ですよ><ここの患者さんは誰でも動けるから、スタッフの人数が少ない日でもいいです>と返ってくる。
それを元に仕切り直して、施工側とも話をしていくんですよ」

原案→ヒアリング→修正。一連の作業の中で、とくに原案作りが重要だったといいます。
医療スタッフは担当部署での仕事に集中することが求められるため、病棟全体のスケジュール等を考えるのはいってみれば守備範囲外。「なので、こちらでまず原案を作り、現場の指摘を受けた上で<じゃあこうしてくれない?>と話す。そうすることで、計画にすごく入り込んできてくれるんです」

安心感を持たせることも現場の協力を引き出すポイント、とも。
「原案を見ながら、ひと部屋あたり工事に何分くらいかかるよ、といったことまで説明します。そうしないと何の予想もつかないでしょう? 最初の時点で安心感があると、あとは自分たちの患者さんの環境がよくなることですから、どんどん協力してくれます」

最終的な調整は、病棟業務を直接指揮する病棟科長と施工責任者との打合せで決定されました。
「前日夕方に<明日の工事はここをやります>と伝えていました」と施工責任者の本倉さん。
この時とさらに当日の朝に最終の打ち合わせをし、スタッフの配置人数から移動できない患者さんがいる病室の状況まで確認のうえ工事手順や段取りを共有しました。

「今日はここまで済みました、とか今日はここまでの予定です、と細かく報告をいただいて、こちらも把握できていました。工事の進み具合は逐一情報をもらえていましたね」と山田病棟科長。工事の情報は各病棟科長によってスタッフに伝えられ、半年もの工事のあいだ中、トラブルは皆無だったといいます。
「工事に行くと、現場は毎日準備万端! きちんと整っていたんですよ(本倉さん)」


情報共有が生む現場の安心感が<患者さん居ながら工事>を支える

エコ改修成功のカギとなった、情報共有とコミュニケーションのネットワーク
3人床の病室。工事の際に人工呼吸器の装着等で移動できない患者さんがいる場合は、施工側による窓部分の養生のほか、可能な限りベッドを窓際から離し、風を受けないように患者さんにかけものをする等で対応した
スタッフと患者さんの会話の中でもしばしば話題にのぼったというエコガラス。工事内容の片鱗が見えることも、患者さんの安心感につながり得るだろう。「エコらしいですよ、なんて話もして患者さんも楽しんでいたようです」
廊下は資材の搬入路であり、一時的な置き場ともなる。「一度に何十枚もガラスが置かれたこともありましたが、必ず業者の方がついておられたので業務の支障になることはありませんでした」施工責任者・本倉さんの、配慮の行き届いた仕事ぶりがうかがえる スタッフ休憩室の窓もすべてエコガラスに交換された。病棟だけでなく、働く人々にとって重要な福利厚生の空間もなおざりにされることはない 工事を振り返る総務部の髙田部長と横山さん。医療側と施工側双方の事情や要望を受け止め、ときには通訳しながら調整し、改修事業を成功させた立役者である
<稼働しながらの病院エコ改修>実現は、全スタッフによる情報共有と惜しみない協力があってこそ

医療の最前線にいる看護師・ケアワーカーの方々にとって、通常業務を止めずに患者さんのいる空間で行われるエコ改修工事は、実際にはどうだったのでしょうか?
予想に反し、返ってきたのは「興味津々でした」「患者さんも楽しんでいました」という明るい言葉でした。

前日までに段取りは決まっていても、当日になって患者さんの状態が急変することもあります。
そんな時も「今日はここの工事をやめてもらっていいですか、と話せる状況ができていました」と看護師の川野さん。
上司やその日の病棟リーダーを通して、施工者との連絡は問題なかったといいます。

ケアワーカーの津和崎さんも「工事に入る前にちゃんと説明を受けていたのでなにより安心でしたし、患者さんに説明できてよかったです」とにっこり。患者さんから何の工事か聞かれ「あったかくなるガラスらしいですよ」「ほおー」といった会話が、院内のあちこちで交わされたそうです。

情報共有の大切さについては、認知症患者さんをケアする東2病棟の看護師・中村さんからも同様の感想が。
「ここは患者さんが歩き回られる病棟なので、最初は<どうなるかなあ>と思っていました。
でも、いつ工事にくるのか、どこから始めるのか、といったことをあらかじめ教えてもらっていたので、具体的な時間に合わせて談話コーナーなどに患者さんを集めることができました。普段からワックスがけをする時なども同じようにしていますし。
計画をきちんと知っていれば、こちらも普通に対応できます。やっぱりみんなで話し合ってやっていったのが、よかったんじゃないでしょうか」

施工現場で指揮を執った本倉さんは「スタッフの方々の協力があって初めてできた工事。本当にありがたいです」

工事は通常2~3人で行い、一日平均60枚から70枚のガラス交換を半年間続けました。
病院スタッフとの密な連絡はもちろん、荷下ろしの場所や、ガラスを積んだ台車を押して院内を移動するルートも決められていたといいます。廊下の工事では患者さんの移動が多い夕方の時間を避けました。
もっとも気を遣ったのは、動けない患者さんのいる病室での工事だったといいます。
「寒い時期だったので、まず室内側に養生をして風が入らないようにし、窓の交換は外側からやりました」

医療スタッフとは「今はどのへんをやっていますか、うちはいつ頃になりそう?」「2時か3時頃 ですね」「じゃあまだまだね」といった会話が自然に交わされ「フレンドリーでした」と山田病棟科長。
「現場に信用されなければ、できなかったと思います」当時の記憶をかみしめるような、本倉さんの言葉です。

光風園病院は各部署の職員が参加する「エコ委員会」を設置し、普段から節水や節電などが実践される省エネ意識の高い組織です。
今回の大規模エコ改修は、もとからあるその土壌の上に完成度の高いコミュニケーション・情報共有網が構築され、最終的に「エコ改修=患者さんにとってよいこと」という共通認識を持って全員が惜しまずに動いたことで実現しえた、そんな面があるようにも思えます。

そこに透けて見えるのは、計画の中心となった病院総務部の「スタッフに対する信頼と気遣い」。
頭越しに工事を計画し進めるのでなく、現場の声を聞いて施工側との橋渡しをしつつ、最初から最後まで病院業務優先を貫いた総務部の姿勢、さらにそれを理解し協力した施工者の存在がなければ、この成功はなかったのではないでしょうか。

「自分たちスタッフがある程度幸せでなければ、患者さんやご家族に幸せを与えるなんてできないですよね」髙田さんの言葉には、スタッフを尊重し、光風園病院というひとつの大きな家を支える<家族>としてまとめていこうとする意思が感じられます。総務部に寄せられる信頼の根本は、きっとここにあるのでしょう。

医療、建設、そして両者を結ぶマネジメント。光風園病院に見られたこの3つの極の連携は、通常業務を維持しながらの病院エコ改修を考える際に忘れてはならない貴重な事例となるに違いありません。


取材日:2013年4月25日
取材・文:二階幸恵
撮影:中谷正人

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