事例紹介/新築 ビル

エコガラスの窓で“見せる”
アートな空間ができた

山梨県 甲府ミュージアムハウス

Profile Data
立地山梨県甲府市
建物形態木造平屋建
延床面積416.52㎡
用途美術館・ギャラリー・カフェ
竣工2020年12月

壁はガラスのモザイクタイル。小さなカジュアルミュージアム

ジャン=フランソワ・ミレーの『種まく人』をはじめ、バルビゾン派絵画のコレクションで知られる山梨県立美術館。その向かいに新しくできた小さなミュージアムを訪ねました。

甲府ミュージアムハウスは、自らが所蔵する絵画やテディベアの展示を夢みていた館長の田辺文子さんが、既知の間柄だった建築設計者・藤田義治さんとつくり上げたアートスペースです。

コンセプトは「散歩の合間にちょっと立ち寄って気軽に楽しんでもらえる空間」と田辺さん。そんな思いを映し、目の前に建つ県立美術館の重厚さと一線を画すように白と青を基調にした明るく軽やかな表情が与えられています。

外壁やエントランスにガラスのモザイクタイルを多用したファサードには、輝きとともに繊細な陰影も生まれました。デザインを手がけた藤田さんが「タイルの厚みを変えて装飾性を上げています。きれいでしょう」とにっこり。

細いアプローチを抜け、館内へと進みましょう。

エコガラスの窓で“見せる” アートな空間ができた-詳細写真02

旧甲州街道沿いに建つ木造平屋のミュージアム。全体のバランスを考慮し建物中央にアプローチを配置し、その奥にエントランスがある。アクリルの屋根を差し掛けた細道を歩くことで内部への期待感が高まる

エコガラスの窓で“見せる” アートな空間ができた-詳細写真03

建物全体のテクスチャーを司るのはガラスのモザイクタイルだ

窓いっぱいと窓なしと。対照的なふたつの空間

平屋の建築内部は、中央のエントランスホールを境に展示エリアとカフェエリアにゾーニングされています。

右手には細かく区切った展示室を複雑に配置し、来館者は一筆書きの要領で歩きながら作品を鑑賞。ひとつ角を折れるたびに趣の違う空間が現れ、先へと進む楽しみが演出された動線です。

展示室の壁はカラフルに塗り分けられ、窓はほとんどありません。人工照明を駆使して作品の魅力を最大限に引き出しつつ紫外線による損傷を抑えるという、美術館建築のスタンダードな採光手法が選ばれています。

一方、カフェエリアでは各所に豊かな開口が設けられました。

エントランスホールから延びる廊下は、建物内でもっとも明るい空間です。落ち着いた色調の展示室と対照的に白一色の内装にし、床から天井まで立ち上がる大きな窓がふたつ。ここから射し込む陽の光が内部で増幅され、日中は照明いらずの場となっています。

廊下奥のカフェスペースには横幅5mを超えるガラスの折戸を設けました。ウッドデッキを張った外部テラスの自然な外光と風景を、大きな開口で取り込んでいます。
床とデッキのレベルを合わせたことで室内空間が外に拡張し、開放的な雰囲気に。気候のいい時期には折戸を開けオープンエアスタイルにもできる可変性を与えました。

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甲府ミュージアムハウス平面図

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展示室の壁は、メインコレクションである藤田嗣治の作品を集めた部屋はネイビー、地元出身の画家佐藤正明のそれはグリーン&ボルドーと、各室ごとに塗り分けている。ガラスの開口はつけずアルミパネルの排煙窓のみとし、人工照明で調光する

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中央ホールからカフェに続く廊下の内装は白一色。現代の美術館建築で多く見られるモノトーンの明るいスペースだ

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ガラスの大開口が風景と自然光を取り込むカフェ空間で、館長の田辺さん、設計を担当した藤田さんにお話をうかがった

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8枚引きの折戸は高さ約2.8m。引き分けて開ければデッキと一体化したオープンエアのカフェに

寒さも暑さもはね返し、アートを“見せる”エコガラス

どちらかといえば開口部の少ない建物といえるミュージアムハウス。展示室の意図的な無窓化のほか、設計当初から藤田さんには「窓は本当は大きくしたいが、取れるところで取る」との考えがあったといいます。

理由のひとつは“熱負荷”でした。

甲府の年間日照時間は、47都道府県の県庁所在地中で常にトップクラスを誇ります。豊富な日差しが降りそそぎ、真夏の最高気温が35℃を超えることも珍しくありません。
その一方で典型的な盆地の気候で冬の寒さは厳しく、最低気温は零下を下回ります。気候面では夏季・冬季ともに厳しい土地といえるでしょう。

この特質を踏まえ、事務室を除くすべての開口に高い断熱・遮熱力を持つエコガラスが採用されました。さらに外気がもたらす影響の軽減を念頭に、抑制しつつ可能な範囲でもっとも効果的に窓を配置したのです。

さらに重視されたのは“見せる窓”としてのあり方でした。

道ゆく人の目を最初にとらえるのは、建物の正面で窓ごしに座っている大勢のテディベアたちです。幅約6m高さ約2.5mのコーナーガラスは展示エリア唯一の開口で、ミュージアムハウスのショーウインドーともいえる一番いい場所を与えられています。

「外から内部を感じ取れるように、建物全体で最大のガラス張りにしました」藤田さんの言葉通り、展示エリアの様子も少し見えるのでさらに興味を持ってもらえる効果も。気になったらアプローチからぜひお入りください…“見せていざなう”仕掛けです。

視線を移せばもうひとつ、大きな窓が目に入ります。
南の日差しがたっぷり射し込み、観葉植物が揺れるサンルームのような一角は、カフェエリアの廊下先端。ガラス越しにカフェ内部ものぞくことができ「お茶が飲めるところだよ」とさりげなくアピールしています。

これもまた、見せる窓。カフェユースのみも歓迎する館の姿勢が伝わるでしょう。

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前面道路からよく見える位置にあるコーナーガラス。愛くるしいテディベアたちが来館者を迎える

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設計者が“展示廊下”と呼ぶこのスペースは、外から内部をアピールする“見せる窓”

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カフェの内部が見える大きなFIX窓も南と西を向くコーナーガラスで、日差しをたっぷり受け外気にさらされる。冬季は冷気、夏季は日射熱にあぶられるこのスペースはエコガラスによる遮熱・断熱が不可欠

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訪れたのはクリスマス目前。大きなもみの木や鮮やかなポインセチアが、真南からの豊かな陽を受けて生き生きと揺れていた

新たな美術散歩スポットの創出でまちづくりに貢献

ミュージアムハウスにはもうひとつ、期待される役割があるといいます。それは“甲府のまちづくりへの寄与”。

前面を走る旧甲州街道の別名は『美術館通り』です。県立美術館の周辺には同じく県立の文学館、さらにかつて水晶の一大採掘地だった土地の歴史にちなんでさまざまな天然石を展示する博物館なども建っています。

近くを流れる貢川(くがわ)の遊歩道は桜の名所として知られ、地域一帯が市民有志によるアートイベントの舞台になったことも。甲府市中心部で芸術・文化を担う地区のひとつでもあるのです。

このエリアを田辺さんは、“甲府に来たら行く場所“にしたいと意気込みを語ります。
「県立美術館に来た人が、周辺も気軽に散策できるようにしたいんです」

ミレーから横山大観まで本格的なコレクションを持ち、定期的に大きな展覧会を開催、敷地は広く緑豊かな県立美術館ですが、一歩外に出れば交通量の多い国道が走り、芸術鑑賞の余韻を胸にぶらりとまち歩きを楽しめる雰囲気はあまりありません。

そこに新たに建てた小さなミュージアムが柔らかくカジュアルな空気感をつくり、多くの人が訪れ賑わうエリアになればいい…そんな願いをも感じさせます。

取材時は整備中だったテラススペースもそろそろ芝が張られ、“美術館の近くにお茶が飲める場所ができた”と市民の認知も進んでいくことでしょう。館内に7つある展示室のうち、ひとつは地元のアーティストや作家専用の特別室として確保もされています。

アートが好きな人も、洗練されたデザイン空間で会話を楽しみたい人も歓迎し、訪れる誰にも心地よい場を提供していこうとする、思いのこもったミュージアム。窓辺に射す陽光も柔らかくなる春が楽しみです。

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県立美術館側の歩道から旧甲州街道越しにミュージアムハウスを見る。周辺は民家や商店、駐車場などが多い街並み

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人が訪れ集う場でカフェ空間が果たす役割は大きい

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地元の作家による作品たちが本格的な展示を待っていた。特別展示室は2週間単位で地域の方々に向け開放・貸し出しする

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取材にはエコガラス窓の設置を担当した甲府市内のガラス工事販売会社クリアの林則子さん(左)もかけつけた。館長の田辺さんとは旧知の間柄。カフェのテーブルで、新型コロナウイルス感染拡大にともない設置されたアクリル板越しに談笑

取材協力 (株)山形一級建築士事務所
http://www.ymgt.biz/
(株)クリア
https://clear-g.co.jp/
取材日2020年12月16日
取材・文二階さちえ
撮影中谷正人
イラスト中川展代
エコガラス