事例紹介/リフォーム ビル

耐震+環境改修で
築60年の大規模庁舎を未来へつなぐ

青森県 青森県庁

Profile Data
立地青森県青森市
建物形態SRC造6階建
リフォーム工期2015年〜2019年
窓リフォームに
使用したガラス
エコガラス

高経年県庁舎を耐震、あと40年使っていく。改修事業は庁内プロ集団に託された

寒さ厳しい北国で取り組まれた大規模な庁舎改修について、今回はお伝えしましょう。

1960年竣工の青森県庁は、風雪に対峙しながら60年の時を働き続けてきました。
2012年から2019年にかけて、東棟・南棟そして議会棟の3棟で耐震・断熱改修事業を実施しています。開口部の断熱にはエコガラスが採用されました。

歴史ある建物の大規模改修でうたわれたテーマは“耐震と長寿命化”です。
2011年に行った耐震診断の結果は、倒壊の危険性があるとされるIs値0.38。これを受け、耐震補強、減築+耐震補強、免震化そして建て替えとさまざまなモデルが検討され、8階建の建物の6階以上を減築する耐震補強手段が選ばれました。
さらに“工事後の40年を新築同様に使い続ける”として、建物全体の機能・性能の見直しと向上がはかられたのです。

減築では文字どおり建物全体の容積や床面積が減り、それまで稼働していた庁舎内の執務スペースは当然狭くなります。また、築60年という高経年建物に新築同様=現代のオフィススペースに求められる性能を持たせるのも容易なことではないはず…
建て替えではなく、なぜ改修を選んだのでしょうか? 

その根底にあったのは、将来の見通しを含む厳密なコスト感覚に加え、青森県が独自に定めていた『青森県公共建築物利活用方針』『青森県環境調和建築設計指針』『県有施設長寿命化指針』といった幾つもの方針でした。

「施設の“棚卸し”をして無駄をなくし、大切なものは直して使おう。集約できるものは集約して適正な質を保ちながら次世代に引き継ごう、という考え方です」と話すのは、県土整備部建築住宅課課長代理の駒井裕民さん。
改修事業の中心的役割を担った部署である総務部行政経営管理課ファシリティマネジメント推進グループ(以下FMグループ)の前トップとして、全体を引っ張ったキーパーソンです。

FMグループは庁内の建築プロフェッショナル集団。遊休化していた複数の県有施設の集約やリノベーションで多くの実績を積み上げてきました。
今回の事業でも、調査・計画・設計プロポーザルの実施から内外の細かい交渉に至るまで、外部コンサルタントを入れることなく常に最前線に立ち、足掛け8年の事業を完遂へと導いたのです。

耐震+環境改修で 築60年の大規模庁舎を未来へつなぐ-詳細写真02

建物の基本設計は帝国劇場や東京国立近代美術館などで知られる建築家・谷口吉郎。今回の耐震改修では、8階建から6階建に減築し建物の上部を軽くすることで鉄骨ブレースなどの耐震補強材のボリュームを約7割減らし、さらに耐震壁付加による執務室の分断を最低限に抑えることに成功した

耐震+環境改修で 築60年の大規模庁舎を未来へつなぐ-詳細写真03

1階正面玄関を入ってまもない部分に設けられた県民ホール。県木・青森ヒバがふんだんに使われた快適なスペースでは来庁者が自由にくつろげる

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新旧含め、改修事業に携わったFMグループのメンバーにお話をうかがった。右から加藤宏一さん、佐藤洋平さん、駒井裕民さん、江戸将聖さん、三上勇樹さん

全館で断熱性能と空調システムを変更。開口部にはエコガラス

減築プラスアルファによる全体の耐震+年季の入った躯体の保護と並んで、工事のメインとされたのが環境性能の向上でした。具体的には外壁と開口部の断熱、BEMS導入そして換気方法の変更が挙げられます。

「ここは以前、冷房がなかったんですよ(笑)」とFMグループ主幹の佐藤洋平さん。
高効率の新しい空調システムが導入されると同時に、執務室から廊下、給湯室等ユーティリティスペースまで、空調がかかるエリアのすべての窓がシングルガラスからエコガラスへと換えられました。
面積にして約3,700㎡、場所に応じて引き違い・外開き・FIXと複数の種類が採用され、アルミサッシも同時に交換されています。

執務室の窓はFIXの両脇に片引きがつくタイプ。暖冷房を使わない中間期は職員の窓開けで室温調整でき「少し暑いけれど冷房は要らない6月頃が、その時期にあたります」さらに「28度設定ではやはり暑いときもあり、自然換気の方がいい場合も」と続けました。

執務室の窓から取り入れられた空気は出入口ドアのガラリを通じて廊下に出、先端部の窓まで流れて排気されます。「風が動いているのが感じられるのがいいですね」

しかし、なんといっても欠かせなかったのは冬季の断熱性能アップです。

改修後の室温測定では、エコガラスに交換したスペースの室温は未交換のスペースと比較して常に6~7℃高く、外気温との差は17~18℃にもなるという結果が出ました。
また「すき間風が吹くたび水滴が飛んできた」というほどの激しい結露も解消。防寒用に窓際に置かれ、室内を狭くしていた蒸気のラジエーターもお役御免になっています。

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青森県庁開口部改修 1階平面図

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行政経営管理課執務室の窓。中央のFIX窓は縦約1.6m横約1.7mある。両脇に片引き窓を付け、職員による窓開けで自然換気できる

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各階とも廊下の端部に油圧式の突き出し窓を設け、中間期の執務室窓開けによる自然給気の排気口とした

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改修後の室温と外気温の測定グラフ。一番下の水色の線が青森市の外気温、その上の濃い青色の線が改修対象外となった北棟。それ以外が今回改修した各執務室の室温を示している(画像提供・青森県総務部行政経営管理課ファシリティマネジメント推進グループ)

窓から取り込む外気が館内全域に流れる『風の道』

環境改修の目玉はまだあります。『風の道』と呼ばれる換気手法による性能向上がそれで「3種換気(自然換気)から1種換気(機械式換気)になりました」設備担当の佐藤さんが窓上部の機構を指し示します。

これは、サッシごと新しくなった窓の方立部分から外気を取り入れ、ダンパーやフィルターを経て室内に吹き出すシステムです。執務室に給気された空気は、中間期に窓から取り入れられる自然風と同じくドアのガラリを通って廊下に出、そのまま階段室最上部に据えられた排気ファンまでのぼっていきます。
結果、暖房された空気が館内全域を流れるようになり「廊下も暖かくなりました」

風の道は夏場の“ナイトパージ”でも活用されています。
執務終了後、防犯のため窓を施錠しても方立から外の空気を取り入れて館内に流せるのです。
「とくに青森は日較差が大きいですから」と駒井さん。真夏でも日没後はすっと涼しくなる気候風土に加え、隣に大きな公園があり、さらに近接する高層ビルもない庁舎建物はナイトパージにうってつけといえるでしょう。

ちなみにこのシステムは執務室の柱1スパン1モジュールで設定されており、将来の執務スペースの変化で壁を立てたりする場合にも適応可能。
「せっかく減築して耐震壁を減らしたのだから、部局が再編成されても使いやすくしたい」FMグループの思いが反映されています。

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行政経営管理課執務室の窓上部に見える換気システム。窓の方立から取り込む外気が高気密ダンパーとフィルタを通って給気ファンに送られ、室内に吹き出される

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4つある階段室の最上部に設置された、風の道の最終出口である排気ファン。減築された6階部分の階段を残して有効活用した。ふだん閉めている扉をガラリ仕様にして通気可能に。黒く見える壁面内にグラスウールを充填して吸音機能を持たせ、機械音を軽減している

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道路を挟んで県庁東側には、『青い森公園』が1ブロックを占め、景観面・環境面でも大きな存在感を放つ

“ひとりあたり床面積7㎡”。独自の基準で現代的執務空間を再編成

オフィスビルとしての機能・性能も気になるところです。

「工事後は新築同様となり、今後40年使う」とうたっての改修事業後は、執務空間もさま変わり。
前述した窓際の空調システムのほか、高くした天井は板を張らずに配線類をあらわしにし、OA電源・LANケーブル・電話線をデスクのレイアウトに合わせて自由に配線できるようにしました。

FMグループが所属する行政経営管理課は、多部署に先駆けてフリーアドレスも取り入れています。可変性を念頭に置いた空間づくりは、建物の床面積が少なくなる減築という手法を選びつつ施設の無駄を排して効率的に使おうというFMグループの基本姿勢の体現でしょう。

実際には、業務を止めずに“居ながら改修”しつつ、確実に減っていく執務スペースを複数の部署でやりくりするのは容易ではありません。青森県庁では道路を挟んで向かいにある民間のビルや、空いている県有施設を活用して部署の一時移転を行いました。

改修完了後、再配置される際にはスペース利用の改善が求められたといいます。
「書類は3割減らしてね、新しいキャビネットはその分しか用意しませんよと言われました」と笑いながら振り返るのは、所属部署の一時移転・再配置を経験し、今はFMグループ主幹の江戸将聖さん。「そのときはストレスでしたが、いいきっかけになりました」

それにしても3割減とは高いハードルです。実現できた理由を駒井さんは「改修事業以前に、県独自のオフィススタンダードが定められていたから」と話します。
“職員ひとりあたりの床面積7㎡”をベースとするこの基準のもと、再配置の対象となった部署からそれぞれ担当者を出してのワーキンググループが設置され、毎週のように関係部署と細かく面積調整して全体をまとめていったといいます。

実はこのスタンダードを作成したのもFMグループでした。過去からの積み重ねの奏功であることはいうまでもありません。
加えて一時移転・再配置については、改修計画検討段階の2012年時点ですでに庁内の調整を始めています。多くの関係者・部署を巻き込む事業においては、先を見越して布石を打つことの重要性がうかがえるエピソードです。

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フリーアドレスを実践している行政経営管理課執務室。デスクは指定されず、その日によって使用者が変わる。キャビネットもデスク脇には置かない。天井板は張らず、OA電源などはデスクレイアウトに合わせて配線できる。垂直に降りているのはLANなどのケーブル

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中庭を囲む東・南・西の各棟と議会棟で構成される青森県庁。改修後も道路側と中庭側とで執務室の温熱環境には差異があり、空調機器の稼働タイミング等で調整する。手前の渡り廊下は隣のブロックに立つ警察本部庁舎や北棟に続く

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北棟への渡り廊下の開口部にもエコガラスを採用。上部は突き出し式の排煙窓になっている

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給湯室の開口は排煙も兼ねて外開き窓とした

青森ヒバを生かす木の意匠。設計者の思いも残した

特徴的なその意匠にも、ぜひふれておきましょう。

木の質感を前面に押し出した外観は印象的です。エコガラスの窓を上下から挟む壁面にストライプ模様に木板が張られ、表面をガラスで保護しています。

この木は青森県を代表する樹木・青森ヒバ。正面玄関と議会棟の天井に張られていた材を改修時に撤去し、その後に新規材も加えて再利用しました。
外壁の補強と同時に土地のアイデンティティを表現しようと、実施設計を担当した日建設計から提案されたデザインです。

近年、公共建築やオフィスビルなど中・大規模建築の木造化を進める機運が高まっています。
国内に潤沢にあるスギやヒノキを建材として使おうという動きの中で、県木であり古くから寺社建築にも用いられてきた良材たる青森ヒバを存分に生かした意匠は、訪れる県民の方々に対するひとつの敬意とも感じられました。

正面玄関は建築家・谷口吉郎の設計を生かし、エレベーターと建具を新設した以外は竣工当時の姿を残しています。奥に新たに立てたガラスの建具は、1、2階ホールを風除室化することでエントランスの冷気を遮断しつつ、全体のデザインを崩さぬようにと考えられた工夫です。

8階建から6階建に減築された屋上では、6階部分にあった柱の下部が残されて空調室外機の架台を載せる土台になっています。雪深い土地での設備機器かさ上げとして、実用的かつスマートな利用法でしょう。

そして議会棟の3~5階吹き抜け部分にあたる議場は、竣工当時の意匠を壊すことなく耐震・断熱改修がなされた好例です。

開口部の障子は、昨今多く見られるプラスチックではなく本物の和紙を使って谷口デザインを踏襲。その外側に耐震の主役である大きな鉄骨ブレースが入っていますが、室内側に増やした柱型で上手に隠しています。
「県の議場ですから、やはり格調高くしておきたいということでしょうか」現在のFMグループマネージャー・加藤宏一さんがにっこりしました。

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木材のグラデーションを生かした、インパクトあるモダンな外壁

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濃い飴色の材が、改修前の正面玄関や議場の天井に張られていたヒバ材。3つ並んだリベットが往時の役割をイメージさせる

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デザインより機能・性能を優先したという今回の改修だが、もっとも象徴的な空間である正面玄関の意匠は尊重され、最大限守られた。奥に見えるガラスで玄関ホールと1、2階の環境を断ち、館内室温を保っている

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東棟屋上では、減築した6階にあった柱下部を土台に空調機器の室外機が並んでいた

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議場では壁面に耐震ブレースと吸音材が施されたが、改修前との差異をあまり感じないよう配慮されている

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けんどんの障子を外すと、外側につけられた田の字型の耐震ブレースが見える。その重厚な姿は障子と新設の柱型によって上手に隠された

FMグループは使う側と工事側の“通訳”。稀有な存在が成功の立役者

改修事業の中心となったFMグループは、2003年に県庁内で公募された庁内ベンチャーグループがその母体です。
ファシリティマネジメントを志した5人が、県有施設の利用調整・集約・用途変更など従来の自治体では管財課が行っていた事業を、プロの建築技術者としての知識と知恵を駆使して取り組み、経験を重ねて独自のノウハウを獲得していきました。

その実力を存分に発揮し、外部サポートを最小限にとどめたこの改修事業を成功させたのは想像に難くありません。
遡れば、県庁という大きな組織の中で自ら新しい目標を掲げる人材を発見し、取り組む場を設けて支援した態勢が花を咲かせたともいえるでしょう。

駒井さんは言います。
「FMグループは各部署やその上層部と、実際に改修工事を担った設計事務所や施工会社を結ぶ“通訳”になれたのだと思っています」

両者の間に入り、工事の騒音が困ると声が上がれば施工側に「こう説明してね」とアドバイスする。庁内に向けては、施工側から出てくる専門用語を誰にでもわかる言葉に変換して伝える。「たまたまそんな部課があったことでうまくいったのではないかと」
人が集まり共働する場では共通言語が大きな強みとなることが、ここによく表れているのではないでしょうか。

「工事開始から半年は毎日謝ってばかりだった」「解体作業していたら図面に載っていないものが出てきた」「古い配線がもしかしたら生きているかもしれず、切るのがこわかった」…
そんな当時の苦労を楽しげになつかしげに語る“青森県庁の知られざる猛者たち”。その笑顔に、降りしきる雪がよく似合っていました。

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竣工当時のレンガが張られた、趣ある議場ホワイエ。窓ガラスは網入りエコガラスに交換

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新たな空調システムの設置にともない必要となった配管を、建物の旧エレベーターシャフトをPSに転用しまとめて納めた。日建設計とFMグループの技ありアイディア

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本改修のもっとも大きなポイントはと問うと「組織として建物の性能をどこまでもっていくかをはっきりさせたこと」だとFMグループの長・駒井さんからは返った。明確なゴールの存在もまた彼らの力を最大限に発揮させた要因だろう。その仕事は2018年インフラメンテナンス大賞国土交通大臣賞、2019年日本ファシリティマネジメント大賞特別賞を受賞した

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青森県庁舎耐震・長寿命化改修事業連携図

取材協力日建設計(株)
取材日2020年2月5日
取材・文二階さちえ
撮影金子怜史
イラスト中川展代
エコガラス