一級河川・小貝川と牛久沼の豊かな水に恵まれた田園と、ニュータウンを含む住宅地が隣り合って広がる龍ケ崎市。人口7万7千人のこのまちは“子育て環境日本一”という目標を掲げています。
数ある施策のシンボル的存在になっている『さんさん館子育て支援センター』を訪ねました。今年の2月、エコガラスによる断熱改修が行われた建物です。
心地よく過ごしてほしいから
子どもと家族の公共空間リフォーム
茨城県 さんさん館子育て支援センター
子育てファミリーの支援施設にエコガラスを寄贈
さんさん館の利用者は0~3歳の子どもとその保護者で、1日の平均利用者数45組、年間1万1500組の子育てファミリーが訪れます。
保育士資格を持つ専任スタッフが見守る中、遊具のあるプレイルームや乳児向け和室、父母向けの研修や食事ができる部屋があり、歌やおはなし会といったミニイベントもほぼ毎日開催されています。
館長の根本早苗さんは「子どもたちだけでなく、保護者の方同士のコミュニケーション・情報交換の場でもあります」引っ越してきたばかりでママ友のいない方にもぜひ来てほしい、とにっこりしました。
龍ケ崎市は夏の暑さのほか、冬は強い北西風『筑波おろし』が吹き込んで厳しい寒さにさらされる土地柄。0歳児を含む小さな子どもにとっては、この建物が外遊びしづらい時期の強い味方になっているともいいます。
日頃から室温管理に気を使い、スタッフは1日に何度も館内を回って利用者に「暑いですか、寒いですか」と尋ねてはエアコンを調整してきました。
それでも悩みはありました。
毎朝の開館準備は「夏はムッとする暑さ、そして冬は冷え切った館内に靴を脱いで上がるので、痛いほどの寒さでしたね」と根本館長。
9時の開館に合わせて急いで室温に整えますが、とくに窓際は一日中冷えが続き、北側の和室や研修室は日当たりもなく寒かったといいます。さらに結露が原因でカビの生えた窓枠のゴム部品を「子どもたちは気にせずさわるので、心配でした」
断熱リフォームの機会は、ある日突然訪れました。
龍ケ崎市内で工場を操業するガラスメーカーが、会社が百周年を迎えたことを機に「市民の方々に、故郷の産業のひとつとして真空ガラスをぜひ知っていただきたい」と、公共施設への寄贈を申し出たのです。
真空ガラスはエコガラスの一種です。
市の商工観光課へ持ち込まれた話はこども家庭課に回り、家庭子育て応援グループの吉田正也さんへと引き継がれました。ガラスメーカーの担当者は山﨑大輔さん・坂田大輔さんのふたり。行政とメーカーによる二人三脚のエコリフォームが始まります。
ガラス交換だからできた、休館なしのスピードリフォーム
現地調査は2018年10月に行われ、北を向く4箇所の窓が改修対象に決まりました。
並行して山崎さんと坂田さんは、真空ガラスに関する丁寧な説明を重ねていきます。吉田さん・根本館長との打ち合わせ時はもちろん、断熱性能を体感できるサンプルデモ機をさんさん館に持ち込んで、カタログ閲覧とともに館スタッフに直接体験してもらったのです。
市でも、館のおたより・広報紙・各種のSNSも使って市内全域に周知を行いました。
吉田さんも根本館長も口をそろえて「今回のリフォームまで、こういうガラスがあることは全く知りませんでした」と言う通り、市の職員にすら知られていなかった“まちの特産品・エコガラス”が日の目をみた瞬間といえるでしょう。
計画が進む中、今度は“工期は1日で”との希望が根本館長から出されます。
週末の休館日にピンポイントで工事し、翌週開けには通常通りに開館したい。「利用者さんのことを考えると休みたくないし、防犯の面でもその日1日で終わらせてほしかったのです」
山崎さんと坂田さんはこの希望を受け入れ、体制を整えました。
ここで生きたのが、既存のアルミサッシを生かしてガラス面だけをシングルガラスからエコガラスに取り替える工事手法“ガラス交換”です。
「サッシごと換える工事では、壁をこわしたり手続きが煩雑になったりで施工が大規模になり、工期1日は難しくなります」と山﨑さん。「ガラス交換にはその心配がない。しかも今回は1階だったので足場もいらず、施設側のご都合に合わせることができました」
2月半ばの休館日、施設側スタッフ3人が立ち会って工事が行われました。根本館長いわく「重そうなガラスを一気に運ぶ職人さんのチーム力がすごかった。プロの仕事を見て、元気をもらいました」
希望通りに工期は1日、しかも日暮れ前に終わり「移動した家具やおもちゃを元に戻す時間もありましたよ」
施工当日に原状回復が行われ、何事もなかったように来館者を迎える用意が整ったのでした。
エコガラスの特性を踏まえて改修
ガラスが変わった後、2日ぶりに出勤した根本館長の体感は「休館日後の月曜日は一番冷えているのですが、館内の空気がなんだか爽やかで、それまでのとげとげしい寒さが和らいでいました」
スタッフは「暖房の設定温度が下がった気がしない?」と言い合い、いつもどおりに館内を回っても「利用者さんから(室温を)下げてと言われることはあっても、もっと上げてくれと言われることはなくなりました」とのこと。エアコンの設定温度も23℃から20℃に下げたといいます。
「夏の暑さに対する効果が感じられるのはこれからですが、楽しみですね」
結露も解消し窓外への視界が良好になりました。カビが生えていたゴム部分も交換され、子どもたちの小さな手がいくらさわっても安心。大きな窓に寄り添い、存分に外を眺めてもらえるようになりました。
と、この日訪れていたお母さんのひとりが、研修室の窓を見て「そういえば、貼ってあった絵がなくなりましたね」
どういうことでしょうか? ここにはエコガラスの特性が隠れています。
窓ガラスには“熱割れ”という現象があります。中心部と周辺部などガラスの部位に温度差ができると自然に割れてしまう現象で、エコガラスにも表面に紙やフィルムを貼ると起こりやすくなるのです。
リフォーム以前、窓にはスタッフ手作りの可愛らしい動物やマスコットの絵が貼ってありました。しかし今回、エコガラスに交換したことでそれをやめ、素通しの窓にしています。
一方、プレイルームの窓には今も絵が貼られています。これらの窓は改修されませんでした。なぜ?
東南向きの窓は日差しが入って冬も暖かく、かつ熱線吸収ガラスが採用されていて夏の日射熱も防いでいました。さらに安全のため飛散防止フィルムも張られています。
また、西面の窓には“合わせガラス”が使われていました。
合わせガラスは耐衝撃性や飛散防止にすぐれ、子どもがぶつかっても割れてけがをする心配のない安全性能の高いガラスで、学校などでも多く使われています。
研修室や和室と違って子どもたちが駆け回るプレイルームでは、合わせガラスからエコガラスに換えても飛散防止フィルムを張るなどの安全策が必須ですが、吉田さんは熱割れの可能性についての説明を山﨑さんと坂田さんから受けたといいます。
「きちんと説明していただきました。安全・防犯性の高い合わせガラスが入っていたことも、実はこのときわかったのです」
さんさん館のみならず、一般に公民館や学校、病院など多くの人々が利用する公共性の高い建物では、壁だけでなく窓ガラスにもポスターやチラシといった掲示物が貼られる傾向があります。施設の性格上、利用者に対する多くの情報提供が求められるからでしょう。
けれど窓のエコ改修では、ガラスの特性を知っての検討や対処もまた必須です。さんさん館の例は貴重な参考でしょう。
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取材が終わる頃、午前中のイベント終了とお昼をはさんで静かだったさんさん館に、にぎやかな声が戻ってきました。
子どもたちだけでなく、印象的なのはお母さんたちの笑顔です。子育てを本気で応援しようとする行政の思いが、ここには満ちているからでしょう。一年中いつ来ても快適な館内の環境づくりに、エコガラスも一役買っています。
「だから、みなさん絶対に割らないでね!」吉田さんがふいに発した“締めの言葉”に、みんなが思わず吹き出しました。初夏の緑を窓から取り込んだ明るい研修室がまたひとつ、心地よくなったようです。
取材日 | 2019年6月17日 |
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取材・文 | 二階さちえ |
撮影 | 中谷正人 |